大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(行ケ)72号 判決 1996年3月27日

熊本県菊池郡旭志村大字麓2510番地

原告

工藤常憲

訴訟代理人弁理士

藤島洋一郎

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

田村敏朗

及川泰嘉

関口博

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成3年審判第21657号事件について、平成6年1月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「船舶の自動操舵装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願をしたが、平成3年9月12日に拒絶査定を受けたので、同年11月14日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成3年審判第21657号事件として審理したうえ、平成6年1月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、その謄本は、同年3月7日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項記載のとおり)

(a)  複数の静止局から送信された電波信号を受信して電波信号の受信時刻間の時間差を算出し船舶位置における時間差信号として出力するための受信装置と、

(b)  受信装置に接続されており、船舶位置における時間差信号と目的位置に対応する設定時間差信号とから直接に船舶位置における目的位置の方位と船舶の進路方位との間の角度差を所定時間経過もしくは所定距離移動ごとに間歇的に算出し角度差信号として出力するための角度差算出装置と、

(c)  角度差算出装置に接続されており、角度差信号に応じて船舶の舵の角度を変更するための舵取装置とを備えてなる船舶の自動操舵装置。

3  審決の理由

審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願発明は、特開昭57-128862号公報(以下「引用例」という。)記載の発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由のうち、引用例発明の(a)~(c)及び(f)の認定は認めるが、同(d)及び(e)の認定は争う。

本願発明と引用例発明との一致点の認定は、(d)につき、目的位置の方位と船舶の進行方位との間の角度差を「所定時間経過ごとに間歇的に算出する」点で一致するとの点を除き、認める。引用例発明においては、「実時間で間断なく算出する」ものである。

相違点<1><2>の認定は認める。

審決は、引用例発明を誤認したため、相違点を看過し(取消事由1、2)、相違点<1><2>についての判断を誤った(取消事由3、4)結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(引用例発明の誤認に基づく相違点の看過(1))

(1)  審決は、引用例発明が、「(d) 保持手段(6)が記憶している特定時間ごとの自船位置(すなわち自船の過去位置)P-1に対する自船の現在位置P0の位置変位P0-P-1に基づいて、進行方位演算手段(5)が、自船の進行方位θ1を算出する」構成、及び、「(e)時間差測定回路(2)が測定した自船の現在位置P0と目的地記憶手段(7)が記憶している目的位置Bとに基づいて、目的地方位演算手段(10)が、目的地方位θ0を算出する」構成を備えていると認定した。

しかし、引用例(甲第6号証)の記載から、引用例発明においては、自船の進行方位θ1及び目的地方位θ0が基準方位Nに対する方位であることは明らかである(同号証2頁右上欄12~18行、同頁左下欄10~13行)。

したがって、引用例発明は、「(d') 保持手段(6)が記憶している特定時間ごとの自船位置(すなわち自船の過去位置)P-1に対する自船の現在位置P0の位置変位P0-P-1に基づいて、進行方位演算手段(5)が、基準方位Nに対する自船の進行方位θ1を算出する構成」、及び、「(e') 時間差測定回路(2)が測定した自船の現在位置P0と目的地記憶手段(7)が記憶している目的位置Bとに基づいて、目的地方位演算手段(10)が、基準方位Nに対する目的地方位θ0を算出する構成」を備えていると認定すべきである。

(2)  このように、船舶位置における目的位置の方位と船舶の進路方位との間の角度差を算出するのに際し、引用例発明は、上記のとおり、基準方位Nを求め、基準方位Nに対する自船の進行方位θ1及び目的地方位θ0を算出するものであるのに対し、本願発明は、基準方位Nを求めることなく、直接算出している点で相違する(以下「相違点<3>」という。)。

すなわち、引用例発明は、基準方位Nに対する自船の進行方位θ1及び目的地方位θ0を算出する技術思想、換言すれば、北極を基準とした直交座標系の方位を用いて船舶の進行方向を把握しつつ船舶を操舵する技術思想を開示するのに対し、本願発明は、方位とは全く別異の概念である関係式を用いて角度差を直接算出する技術思想である。本願願書添付図面(甲第2号証)の第3図に示された水平線は座標軸を表すものであり、基準方位を設定しているものではない。このことは、平成2年1月12日付け手続補正書による訂正明細書の記載の関係式(甲第3号証訂正明細書20頁16~19行)において、時間差値を直接用いている点より明らかである。

本願出願前、当業者にとって、引用例発明のような北極を基準とした直交座標系の方位を用いて船舶の進行方向を把握する技術思想を基礎として船舶を操舵する技術が一般的であり、船舶の操舵における当業者の常識であった。

被告は、引用例発明において、基準方位をNとした点に技術的意味はないと主張するが、船舶の操舵において、現実に基準方位としてNが用いられているという慣習を無視するものである。

(3)  引用例発明の相違点<3>に係る構成は、(a)基準方位Nを計測するための手段を別途必要とし、このため、(b)計測作業の軽減及び計測手段の小型化を達成できない欠点、さらに、(c)効率よく基準方位Nに対する自船の進行方位θ1及び目的地方位θ0を算出するためにはロランチャート座標系で求めた自船位置や目的位置を北極を基準とした直交座標系に座標変換しなければならない欠点、そのため、(d)ロランチャート座標系から北極を基準とした直交座標系に座標変換するための手段を別途必要とする欠点、その結果としての、(e)演算処理の軽減及び演算処理手段の小型化を達成できない欠点、加えて「角度差を自船の進行方位θ1と目的地方位θ0とから算出する」ので、(f)演算処理量の軽減及び演算処理手段の小型化を達成できない欠点、を有しているが、本願発明は、基準方位Nを求めることなくロランチャート座標系から角度差を直接算出するため、上記のような欠点がないという格別の効果を奏するものである。

なお、ロランチャートは、北極の方位とは全く関係がないので、ロランチャート座標系で基準方位Nに対する自船の進行方位θ1及び目的地方位θ0を算出するには、(1)ロランチャート上の基準方位Nを計測する、(2)ロランチャート上の時間差線を直線近似する、(3)時間差線と基準方位Nとの交角を求める、(4)自船の過去位置P-1と現在位置P0とを通るロランチャート上の直線を算出する、(5)自船の現在位置P0と目的位置Bとを通るロランチャート上の直線を算出する、(6)算出したロランチャート上の2本の直線を時間差線と基準方位Nとの交角を用いて北極を基準として直交座標系上の直線に変換する、(7)変換した2本の直線に基づき基準方位Nに対する自船の進行方位θ1及び目的地方位θ0を算出する、などの具体的手段が必要となるため、引用例発明において、基準方位Nに対する自船の進行方位θ1及び目的地方位θ0をロランチャート座標系で効率よく算出できないものである。

これらの具体的手段が必要であることは、引用例(甲第6号証)の実施例の記載からも明らかである((2)、(3)につき、同号証2頁右下欄8~11行及び15~17行、(4)につき、2頁右上欄15~18行、(5)については、(4)と同様にして算出されるものと推定される。(6)につき、2頁右下欄11~14行、右上欄17行~18行)。なお(1)の手段については、ロランチャートのみでは基準方位Nを知ることができないことから明らかである。

したがって、審決は、相違点<3>を看過することにより、本願発明の上記の格別の効果を看過し、さらには後記3のとおり、相違点<1>についての判断を誤った。

2  取消事由2(引用例発明の誤認に基づく相違点の看過(2))

(1)  審決は、「(b) 受信装置に接続されており、船舶位置における時間差信号と目的位置に対応する設定時間差信号とから船舶位置における目的位置の方位と船舶の進路方位との間の角度差を所定時間経過ごとに間歇的に算出し角度差信号として出力するための角度差算出装置を備え、前記角度差算出装置の出力を船舶の舵の角度を変更するための情報として利用する」点で一致すると認定した。

しかし、引用例には、時間差測定回路(2)についての記載(同2頁左上欄15~17行)、及び、特定時間前の位置P-1についての記載(同2頁右上欄8~9行)があるのに対し、現在位置P0に関しては、特定時間毎に測定する旨の記載がない(同頁右上欄12~18行参照)ことから、自船の現在位置P0は、実時間で間断なく測定され時々刻々と変化している値であると解されるので、審決は、引用例発明の構成として、(a)~(f)の構成に加えて、「現在位置P0は実時間で間断なく測定される」点を認定すべきである。

この点につき、引用例の第2図の記載例のP-1が現在位置P0に対して特定時間前の位置と解されたとしても、この現在位置P0はある瞬間における位置でしかなく、また、引用例には、進行方向演算回路が保持回路の記憶更新時ごとに進行方位θ1を演算する又は進行方向演算回路が特定時間経過ごとに時間差測定回路からの新たな位置データを読み込むとの記載はないから、進行方向演算回路は時間差測定回路から実時間で間断なく位置データを読み込んでおり、その現在位置P0について実時間で間断なく進行方位θ1を演算しているものと解される。仮に進行方位θ1が特定時間ごとに演算されているとしても、目的地方位θ0は実時間で間断なく算出されているのであるから、変針角θ2は実時間で間断なく算出されることになるのである。

(2)  このように、引用例発明は、「現在位置P0は実時間で間断なく測定される」構成を有しているのであるから、引用例発明は、目的位置の方位と船舶の進行方位との間の角度差を「実時間で間断なく算出する」のに対し、本願発明は、目的位置の方位と船舶の進行方位との間の角度差を「所定時間経過ごとに間歌的に算出する」点で相違する(以下「相違点<4>」という。)

審決は、引用例発明を誤認した結果、一致点の認定を誤り、相違点<4>を看過した。

3  取消事由3(相違点<1>についての判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明との相違点<1>について、「前者のように、角度差を時間差信号から直接演算するか、後者のように進行方位θ0、目的方位θ1を演算し、両方位から角度差を求めるかは、これらの関係式(平成2年1月12日付け手続補正書第20頁第16行~第19行、第21頁第2行~第7行記載の式)及びこれらの演算の得失が周知である以上、設計方針によって決まる相違であり、この相違に技術思想上の意味があると認められない。」(審決書7頁12~20行)と判断しているが、誤りである。

引用例発明は基準方位Nに対する(相違点<3>)自船の進行方位θ1及び目的地方位θ0を算出するため、前記1(3)で述べた手段を必要とし、演算処理の軽減及び演算処理手段の小型化を達成できない欠点を有しているのに対し、本願発明は、角度差を直接算出する構成を採用することにより、演算処理の軽減及び演算処理手段の小型化を達成するという格別の効果を奏する。

審決は、相違点<3>を看過した結果、上記のような本願発明の奏する格別の効果を看過して、相違点<1>に技術上の意味があるとは認められないと誤って判断した。

被告は、ロランチャートの位置値(測定時間差値)と周知の関係式とにより方位を直接演算する近似演算技術は周知であると主張するが、特開昭57-79408号公報(乙第1号証)及び特開昭56-118682号公報(同第2号証)は、ロランチャートの位置値と周知の関係式とにより緯度経度を使用することなく距離を演算する近似演算技術を開示するにすぎない。

また、被告は、「角度差を直接算出する」とは、ロランチャートの時間差線を等間隔、直交直線に近似する(平成2年1月12日付け手続補正書・甲第3号証20頁13行)ことにより、ロラン受信器の出力であるロラン時間差信号そのものを直接使用して方位を算出する方法と解されると主張するが、本願発明は方位を算出することなく角度差を直接算出するものである。

4  取消事由4(相違点<2>についての判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明との相違点<2>について、「後者の角度差信号は、目的地方位に舵を変針させるための信号であり、又船舶においても自動化は適宜実施されているので、後者の舵の変針を自動化して、前者のように『船舶の自動操舵装置』とすることは当業者が容易に推考しえるものと認められる。」(審決書8頁2~7行)と判断しているが、誤りである。

引用例発明は、前記2のとおり、「現在位置P0は実時間で間断なく測定される」構成を有しているところ、算出した角度差は、時々刻々と間断なく変化しており、そのまま操舵制御信号として利用すると外乱が大きくなるにつれ無駄舵が大きくなりすぎて運行コスト及び所要時間が増大してしまう欠点があるから、引用例発明の変針角θ2はそのまま操舵制御信号として利用できるものではなく、また、そのまま操舵制御信号として利用するとすれば、変針角θ2の平均値を所定時間について求めたその平均値を操舵制御信号として利用する、変針角θ2の所定時間ごとの値を本願発明の如く求め操舵制御信号として利用する、変針角θ2を求める際に利用した自船の現在位置P0を間歇的に求めるなどの技術改良ないしは新規発明を必要とする。

これに対して、本願発明の、角度差を船舶の舵の角度を変更するための舵取装置に入力する「自動操舵装置」は、出発位置での初期設定動作を除き、操舵作業を完全に自動化できる効果、操舵作業のための特定の作業員を除去できる効果、潮流あるいは風力などの外乱に遭遇して船舶が大幅に流されても、その位置から目的位置へ向けて直接に船舶を案内誘導できる効果、運行コストを大幅に節減可能とできる効果を奏するところ、引用例発明の角度差信号を目的位置へ航行するためにどれだけ変針すればよいかを表示する装置では、上記のような効果は達成できない。

審決は、引用例発明における変針角θ2が本願発明の角度差信号と異なり、そのまま操舵制御信号として利用することができない点を看過した結果、上記のように誤った判断をした。

第4  被告の反論

審決の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由はない。

1  取消事由1について

(1)  引用例発明において、自船の進行方位θ1及び目的地方位θ0が基準方位Nに対する方位であることは認める。

しかしながら、方位を示す際には必ず基準方位があり、基準方位は任意に設定できるものであり、かつ、引用例発明において、基準方位は方位を演算するための定数であり(甲第6号証2頁右下欄8~14行)、基準方位Nは計測して求めるものではないから、基準方位をNとした点に技術的意味はない。

(2)  このように、引用例発明において、基準方位をNにした点に技術的意味はないから、相違点<3>は存在しない。

したがって、引用例発明において、基準方位Nを計測するための手段も必要ではない。引用例発明が原告主張の(2)~(5)、(7)の手段を必要とすることは認めるが、(6)の手段が必要とは解されず、また、そのような手段は引用例には記載されていない。

2  取消事由2について

引用例発明において、特定時間前の位置P-1データは保持回路(6)の記憶更新時のみに進行方向演算回路に入力される(甲第6号証2頁右上欄6~12行、右上欄15~18行)こと、P-1は現在位置P0に対して特定時間前の位置であるから、進行方向演算回路は、保持回路の記憶更新時、つまり特定時間毎に進行方位θ1を演算するものであり、目的地方位演算回路の演算については、進行方位θ1が特定時間ごとに演算されているので、当然変針角θ2(=θ0±θ1)も特定時間毎に演算されている。

したがって、審決の一致点(b)の認定に誤りはなく、相違点<4>の看過もない。

3  取消事由3について

本願発明において、「角度差を直接算出する」とは、ロランチャートの時間差線を等間隔、直交直線に近似する(平成2年1月12日付け手続補正書・甲第3号証20頁13行)ことにより、ロラン受信器の出力であるロラン時間差信号そのものを直接使用して方位を算出する方法と解されるが、ロランチャートの時間差曲線を直線に近似し、船位の緯度、経度を算出せずにロラン受信器の出力であるロラン時間差信号そのものを直接使用することによって計算を簡易化し、演算部を小型化する技術及びロランチャート上の方位をロランチャートを直角座標として扱い、ロランチャートの位置値(測定時間差値)と周知の関係式とにより方位を直接演算する近似演算技術は周知である(特開昭57-79408号公報・昭和57年5月18日公開・乙第1号証及び特開昭56-118682号公報・同第2号証)。

原告が引用例発明では方位が効率よく算出できないとする根拠は、ロランチャートの時間差曲線の近似による演算方法の相違に基づくものであり、かつ原告の主張する欠点はいずれも周知の得失であり、いずれの算出方法を採用するかは双方の得失を勘案した上で行ない得る設計上の事項にすぎない。

したがって、審決の相違点<1>についての判断に誤りはない。

4  取消事由4について

前記2のとおり、引用例発明の変針角θ2は、特定時間ごとに演算されるので、そのまま操舵制御信号として利用できる。また、船舶における自動化は適宜実施されている(特開昭57-79408号公報・昭和57年5月18日公開・乙第1号証、特開昭55-63997号公報・同第3号証)ので、審決の相違点<2>についての判断に誤りはない。

第5  証拠関係

証拠関係は記録中の証拠目録の記載を引用する。書証の成立についてはいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

審決における本願発明と引用例発明との一致点、相違点の認定(審決書5頁20行~7頁9行)は、一致点(b)につき、目的位置の方位と船舶の進行方位との間の角度差を「所定時間経過ごとに間歇的に算出する」点で一致するとの点を除き、当事者間に争いがない。

すなわち、当事者間に争いのない本願発明と引用例発明の一致点と相違点は、次のとおりである。

一致点

(a)  複数の静止局から送信された電波信号を受信して電波信号の受信時刻間の時間差を算出し船舶位置における時間差信号として出力するための受信装置と、

(b)  受信装置に接続されており、船舶位置における時間差信号と目的位置に対応する設定時間差信号とから船舶位置における目的位置の方位と船舶の進路方位との間の角度差を算出し角度差信号として出力するための角度差算出装置とからなり

(c)  前記角度差算出装置の出力を船舶の舵の角度を変更するための情報として利用する点

相違点

<1>  前者では、船舶位置における目的位置の方位と船舶の進路方位との間の角度差を船舶位置における時間差信号と目的位置に対応する設定時間差信号とから直接算出しているのに対し、後者では、前記両時間差信号から自船の進行方位θ1(前者の進行方位θ1.2に相当)、目的地方位θ0(前者の目的方位θ2.nに相当)を演算した後、これらの和をとることにより算出している点

<2>  前者は、角度差信号を船舶の舵の角度を変更するための舵取装置に入力する「船舶自動操舵装置」であるのに対し、後者は、角度差信号を目的地方位へ航行するためにどれだけ変針すればよいかを表示する装置である点

以上を前提に、以下、原告主張の取消事由について検討する。

1 取消事由1(引用例発明の誤認に基づく相違点の看過(1))について

(1) 上記のとおり、本願発明も引用例発明もともに、「船舶位置における目的位置の方位と船舶の進路方位との間の角度差を算出し」ているものである。

このように、方位を問題とする場合、方位とは、空間の方向を基準方向との関係で表したものであり、一般的に角度で表わされるものであるから、基準とする座標軸がなければ表せないことは、明らかである。

引用例発明においては、この基準座標軸を基準方位Nにとり、これに対する角度でもって表される自船の進行方位θ1及び目的地方位θ0を演算した後、これらの和をとることによって、角度差を算出していることは、当事者間に争いがない。

すなわち、引用例発明においては、基準方位をNにとった直交座標上における方位に基づき、角度差を算出しているものであるが、引用例(甲第6号証)の「15は定数設定器で各種の定数、例えば、第2図ロランチヤート上の時間差線の基準方位に対する交角、各時間差線の間隔が相当する距離等の数値が設定される。」(同号証2頁右下欄8~11行)との記載からすると、引用例発明においては、ロランチャート上の時間差線の基準方位に対する交角は定数設定器に設定されて記憶されているのであるから、基準方位Nは計測される必要はないのであり、仮に、引用例発明において、基準方位をN以外の方位にとった直交座標を用いる場合には、定数設定器に、この基準方位に対するロランチャート上の時間差線の交角の数値を設定、記憶させれば足りると認められる。

引用例発明において、基準方位をNとしたことについて格別の技術的意義がないとする被告の主張は、正当として是認できる。

(2) 一方、本願明細書及び図面(甲第3号証訂正明細書及び甲第2号証図面をいう。以下、「本願明細書」というときは、この訂正明細書及び図面を併せていう。)によれば、「出発位置P1で記憶した差分信号S22(xn-x1、yn-y1)とクロック信号の次のパルスで記憶(この位置をP2とする)した差分信号S22(xn-x2,yn-y2)とを用いて位置(以下”船舶位置”という)P2における目的方位と船舶位置P2における船舶の進路方位との間の角度差θ2を求める(第3図参照)。船舶位置P2における目的方位(”θ2.n”とする)は、船舶位置P2と目的位置Pnとを結ぶ線分P2Pnが示しており、船舶位置P2における船舶の進路方位(これを”θ1.2”とする)は、出発位置P1と船舶位置P2とを結ぶ線分P1P2が示しているものと考えても差し支えないことは明らかであろう。」(甲第3号証訂正明細書19頁18行~20頁12行)との記載及び図面第3図(甲第2号証図面)の示すように、自船の進路方位θ1.2及び目的方位θ2.nは、第3図における水平線を基準座標軸として、これに対する角度でもって表されていると認められる。すなわち、この基準座標軸は方位を表す基準として機能しているから、これが、本願発明において、基準方位として用いられていることは明らかである。

そして、本願発明においては、「ここで、時間差信号は、双曲線系であるが、これを直交系とみなして船舶位置P2における目的方位θ2.nと船舶の進路方位θ1.2」(甲第3号証訂正明細書20頁12~15行)とに基づき、関係式(同20頁16行~19行、21頁3~8行)を用いて、上記のとおり、船舶位置P2における目的方位θ2.nと船舶の進路方位との間の角度差θ2(「θ2=θ2.n-θ1.2、同21頁1行)を求めているのであり、この時間差信号がロラン受信機の出力であるロラン時間差信号であることは、当事者間に争いがないから、本願発明における角度差を算出する構成は、ロランチャート上の時間差線が等間隔、直交直線に近似することにより、これを直交系とみなして、ロラン時間差信号そのものを直接使用して方位を算出し、上記関係式を用いて角度差を算出する構成と解される。

(3) 上記事実によれば、本願発明と引用例発明とは、「船舶位置における時間差信号と目的位置に対応する設定時間差信号とから船舶位置における目的位置の方位と船舶の進路方位との間の角度差を算出し」ている点で一致し、その相違点は、本願発明においては、ロラン時間差信号そのものを直接使用して方位を算出するのに対し、引用例発明においては、自船の進行方位θ1及び目的地方位θ0を基準方位Nに対する角度でもって表して方位を算出しているものということができる。

そして、この相違点が、審決認定の相違点<1>に該当することは明らかである。

したがって、この点につき、審決の一致点及び相違<1>の認定は正当であり、原告主張の引用例発明の誤認に基づく相違点<3>の看過はないといわなければならない。

2 取消事由2(引用例発明の誤認に基づく相違点の看過<2>)について

原告は、本願発明と引用例発明とが、目的位置の方位と船舶の進行方位との間の角度差を「所定時間経過ごとに間歇的に算出する」点で一致するとの審決認定は誤りであり、引用例発明においては、「実時間で間断なく算出する」ものであり、現在位置P0は実時間で間断なく測定されると主張する。

しかしながら、引用例(甲第6号証)の、「保持回路6は時間差測定回路2の測定した位置データを特定時間だけ記憶する記憶回路で、特定時間経過毎に新たな位置データを記憶する。そして、新たな位置データを記憶するとき、特定時間前に記憶した位置データを進行方位演算回路5へ送出する。進行方位演算回路5は自船の進行方位を演算する」(同号証2頁右上欄6~13行)との記載及び図面第1図からすると、特定時間毎の自船位置P-1は間歇的な位置データであることは明らかであり、この間歇的な位置データP-1は、特定時間前は現在位置データP0そのものであったのであるから、現在位置データP0もまた間歇的であるということができる。したがって、進行方位演算回路5への現在位置データP0の入力は特定時間毎であると解される。

原告は、引用例には、特定時間前の位置P-1についての記載があるのに対し、現在位置P0に関しては、特定時間毎に測定する旨の記載がないことから、自船の現在位置P0は、実時間で間断なく測定され時々刻々と変化している値であると主張するが、位置P-1は特定時間前の現在位置P0なのであるから、位置P-1が特定時間毎の位置データであれば、現在位置P0もまた特定時間毎に測定するものと解するのが自然であり、引用例には、これを別異に解すべき特段の記載はない。

原告は、引用例の第2図の記載例のP-1が現在位置P0に対して特定時間前の位置と解されたとしても、この現在位置P0はある瞬間における位置でしかなく、また、引用例には進行方向演算回路が保持回路の記憶更新時ごとに進行方位θ1を演算する又は進行方向演算回路が特定時間経過毎に時間差測定回路からの新たな位置データを読み込むとの記載はないと主張するが、上記のとおり、進行方位演算回路5への現在位置データP0の入力は特定時間毎であると解されるところ、特定時間毎に測定された現在位置P0及び特定時間前の位置P-1に基づいて、進行方位演算回路が自船の進行方位θ1を演算する(引用例・甲第6号証2頁右上欄6~13行及び第2図)ものであるから、その演算も特定時間毎に行なわれていると認められる。

原告は、さらに、仮に進行方位θ1が特定時間ごとに演算されているとしても、目的地方位θ0は実時間で間断なく算出されているのであるから、変針角θ2は実時間で間断なく算出されると主張するが、上記のとおり、現在位置P0が特定時間毎に測定されるのであるから、現在位置P0から見た目的地方位θ0もまた特定時間毎に演算されることは明らかである(引用例・甲第6号証2頁左下欄6~13行及び第2図)。

以上によれば、引用例発明もまた目的位置の方位と船舶の進行方位との間の角度差を「所定時間経過ごとに間歇的に算出する」ものであるから、原告主張の引用例発明の誤認に基づく相違点<4>の看過もない。

3 取消事由3(相違点<1>についての判断の誤り)について

原告は、本願発明は、角度差を直接算出する構成を採用している点に格別の技術的意義があると主張する。

本願発明における角度差を算出する構成は、ロランチャート上の時間差線を等間隔、直交直線に近似することにより、これを直交系とみなして、ロラン時間差信号そのものを直接使用して方位を算出し、上記関係式を用いて角度差を算出する構成であることは、上記のとおりである。

そして、昭和57年5月18日公開の特開昭57-79408号公報(乙第1号証)及び特開昭56-118682号公報(同第2号証)には、いずれも、自動航行装置の発明が開示され、前者の公報の「本発明は船位の緯度、経度を算出せずにロラン受信器の出力であるロラン時間差信号そのものを直接使用することによつて計算を簡易化し、従って高価なミニコンピュータや入出力機器を使用せずコースずれに対して修正針路をうる演算部を小規模とすることを特徴とする低価格の自動航行装置を提供する・・・本発明になる自動航行装置においては比較的安価で広く普及しているロラン受信機を利用するもので、双曲線をなすロラン位置線はロランチヤート上では直線に近似され、1組の主従局のロラン位置線がそれぞれほぼ等間隔の斜交軸を形成するものがロランの利用範囲のほとんどを占めている。また船位はこの斜交軸の座標で示されるのでロラン受信機の出力であるロラン時間差信号そのものが直接船位の座標値を示すことになり、船位の緯度、経度への換算は不必要となる。」(同号証3欄18行~4欄16行)との記載に示されているように、直交座標上の位置データに変換することなく、ロランチャート上の位置値(測定時間差値)を用いて、直接演算することは、本願出願(昭和57年10月15日)前周知の技術であったと認められ、この技術が、本願発明の相違点<1>に係る構成と相違しないことは明らかである。

したがって、審決が、相違点<1>について、「技術思想上の意味があると認められない」(審決書7頁19~20行)と判断したことに誤りはない。

原告は、上記各公報(乙第1、第2号証)は、ロランチャートの位置値と周知の関係式とにより緯度経度を使用することなく距離を演算する近似演算技術を開示するにすぎないと主張する。

たしかに、上記各公報においては、方位ではなく、距離を演算することが直接的に開示されているものと認められるが、ロランチャート上の位置値(測定時間差値)を用いて、直交座標上の位置データに変換することなく、直接演算する技術思想は、求めるものが距離であっても、方位であっても、何ら変わるものではないから、上記各公報に開示されている技術思想は方位を求める場合にも適用できるものである。

上記のような、角度差を時間差信号から直接演算する方式においては、上記引用の「双曲線をなすロラン位置線はロランチヤート上では直線に近似され」との記載や本願明細書の前示「時間差信号は、双曲線系であるが、これを直交系とみなして」(甲第3号証訂正明細書20頁12~13行)との記載から明らかなように、双曲線系を直交系とみなして直交座標系と同視するのであるから、演算の簡略化ができる反面、近似値である以上、精度が低いことは当然であり、審決が、「これらの演算の得失が周知である」(審決書7頁17~18行)としたのは、この意味において正当である。

そして、原告主張の、本願発明が、角度差を直接算出する構成を採用することにより、引用例発明が必要とする具体的手段を省略して、演算処理の軽減及び演算処理手段の小型化をはかることができるとの作用効果は、上記周知の事項の範囲を越えるものではなく、当然に予測されるものであるから、格別のものとすることはできない。なお、前記のとおり、引用例発明においては、基準方位Nを計測する必要はないのであるから、そのための装置は必要でなく、これを必要とする原告の主張は失当である。

したがって、審決の相違点<1>についての判断に誤りはない。

4 取消事由4(相違点<2>についての判断の誤り)について

原告の、引用例発明は、「現在位置P0は実時間で間断なく測定される」構成を有しているとの主張が理由のないことは、前記のとおりであるから、上記主張を前提として、相違点<2>についての判断の誤りをいう原告の主張は採用できない。

5 以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、審決の認定判断は正当であって、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

平成3年審判第21657号

審決

熊本県菊池郡旭志村大字麓2510番地

請求人 工藤常憲

東京都新宿区新宿1-7-2 藤和新宿御苑コープ304号 藤島国際特許事務所

代理人弁理士 藤島洋一郎

昭和57年特許願第180932号「船舶の自動操舵装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和59年4月20日出願公開、特開昭59-69814)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和57年10月15日の出願であって、その発明の要旨は、補正された明細書及び図面の記載内容からみて、その特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの

「(a) 複数の静止局から送信された電波信号を受信して電波信号の受信時刻間の時間差を算出し船舶位置における時間差信号として出力するための受信装置と、

(b) 受信装置に接続されており、船舶位置における時間差信号と目的位置に対応する設定時間差信号とから直接に船舶位置における目的位置の方位と船舶の進路方位との間の角度差を所定時間経過もしくは所定距離移動ごとに間歇的に算出し角度差信号として出力するための角度差算出装置と、

(c) 角度差算出装置に接続されており、角度差信号に応じて船舶の舵の角度を変更するための舵取装置とを備えてなる船舶の自動操舵装置。」にあるものと認める。

これに対し、原査定の拒絶理由で引用された特開昭57-128862号公報(以下引用例)には、

(a) ロラン受信器(1)で受信したロラン信号から時間差測定回路(2)がロランチャート上の自船位置P0を測定する、

(b) 出発地記憶手段(3)および目的地記憶手段(7)に対しロランチャート上において定めた出発位置Aおよび目的位置Bをそれぞれ記憶せしめる、

(c) 保持手段(6)が時間差測定回路(2)の測定した自船位置(”自船の過去位置”という)P-1を特定時間ごとに更新しながら記憶する、

(d) 保持手段(6)が記憶している特定時間ごとの自船位置(すなわち自船の過去位置)P-1に対する自船の現在位置P0の位置変位P0-P-1に基づいて、進行方位演算手段(5)が、自船の進行方位θ1を算出する、

(e) 時間差測定回路(2)が測定した自船の現在位置P0と目的地記憶手段(7)が記憶している目的位置Bとに基づいて、目的地方位演算手段(10)が、目的地方位θ0を算出する、そして、

(f) 目的地方位演算手段(10)が算出した目的地方位θ0と進行方位演算手段(5)が算出した自船の進行方位θ1とに基づいて、変針角演算手段(12)が、自船の進行方位θ1を目的地方位θ0に一致させるための変針角θ2を算出し表示器(13)に表示せしめる

航路表示装置

が記載されている。

次に、本願発明(以下前者)と引用例に記載された事項(以下後者)とを対比する。

後者の「ロランチャート上の自船位置P0、P-1」、「ロランチャートにおいて定めた目的位置B」は、ロランチャートにおいては、主局、従局からの電波信号の受信時刻差、つまり時間差でもって位置を表わしているので、それぞれ前者の「船舶位置における時間差信号」、「目的位置に対応する設定時間差信号」に対応し、又後者の「ロラン受信器(1)」と「時間差測定回路(2)」とからなる回路、「特定時間ごとの自船位置P-1に対する現在位置P0の位置変位P0-P-1に基づいて……の変針角θ2を算出」する、「進行方位演算手段(5)」と「目的地方位演算手段(10)」と「変針角演算回路(12)」とからなる回路は、それぞれ前者の「複数の静止局から……受信装置」、「船舶位置における時間差信号と目的位置に対応する設定時間差信号とから船舶位置における目的位置の方位と船舶の進路方位との間の角度差を所定時間経過ごとに間歇的に算出して角度差信号として出力するための角度差算出装置」に対応していると認められるので、両者は、

(a) 複数の静止局から送信された電波信号を受信して電波信号の受信時刻間の時間差を算出し船舶位置における時間差信号として出力するための受信装置と、

(b) 受信装置に接続されており、船舶位置における時間差信号と目的位置に対応する設定時間差信号とから船舶位置における目的位置の方位と船舶の進路方位との間の角度差を所定時間経過ごとに間歇的に算出し角度差信号として出力するための角度差算出装置と

からなり、前記角度差算出装置の出力を船舶の舵の角度を変更するための情報として利用する点

で一致し、下記の点で相違するものと認められる。

<1>.前者では、船舶位置における目的位置の方位と船舶の進路方位との間の角度差を船舶位置における時間差信号と目的位置に対応する設定時間差信号とから直接算出しているのに対し、後者では、前記両時間差信号から自船の進行方位θ1(前者の進行方位θ1、2に相当)、目的地方位θ0(前者の目的方位θ2、nに相当)を演算した後、これらの和をとることにより算出している点。

<2>.前者は、角度差信号を船舶の舵の角度を変更するための舵取装置に入力する「船舶自動操舵装置」であるのに対し、後者は、角度差信号を目的地方位へ航行するためにどれだけ変針すればよいかを表示する装置である点。

そこで、前記各相違点を検討する。

相違点<1>について

前者のように、角度差を時間差信号から直接演算するか、後者のように進行方位θ0、目的方位θ1を演算し、両方位から角度差を求めるかは、これらの関係式(平成2年1月12日付け手続補正書第20頁第16行~第19行、第21頁第2行~第7行記載の式)及びこれらの演算の得失が周知である以上、設計方針によって決まる相違であり、この相違に技術思想上の意味があると認められない。

相違点<2>について

後者の角度差信号は、目的地方位に舵を変針させるための信号であり、又船舶においても自動化は適宜実施されているので、後者の舵の変針を自動化しで、前者のように「船舶の自動操舵装置」とすることは当業者が容易に推考しえるものと認められる。

したがって、本願発明は、引用例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年1月27日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例